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2019年3月15日金曜日

「ヴァレリー、プルースト、晦渋性」(2008年、1月)

父の友人で画家のN氏からのお手紙にあった、ヴァレリーの芸術論、テリー・イーグルトン、プルーストの恋愛論について個人的意見を述べさせていただいた返信メールです。でも、かなり長い。ちょうどヴァレリーの話を論文の中に組み入れようと思い立っていたタイミングだったので、論文の準備体操をかねて考えを丁寧に整理しながら書いていたため、それなりに筋の通った論になっています。そういうわけで、ここに転載しておくことにしました。



* * *

ヴァレリーはここ何ヶ月かの間に必要があって「コレージュ・ド・フランスにおける詩学講義」、「詩学の第一講義」、「芸術についての考察」などを読みました。そういう流れがあったので、お手紙の中にあった「私は時おりマラルメに語った」からの引用文を、注意深く拝読いたしました。

このヴァレリーの文章の中で特に気になったのは以下の部分でした。

言語を記号体系の伝達機能だけに還元すべきか、あるいはまた、ある種の人々が言語の感覚的特質について思索し、その現実の効果、形式的および音楽的組み合わせを展開して、人心をしばしば驚かせ、あるいは時には練磨するにいたるのを、許容すべきか。

「言語を記号体系の伝達機能だけに還元」するというのは、次に引用されている文にあるように、「内容を形態に対立させ」て、「言語対行為および行為対言葉の直接交換」が可能であると信じるような日常的・非詩的な言語理解のことを指していると考えられます。

上で引用した文の中でこれに対立させられているのは「言語の感覚的特質について思索」するような態度ですが、「形式的および音楽的組み合わせを展開して」などというところから判断すると、ここではフォルマリズムや構造主義を思わせるような傾向が問題になっていると考えられます。そして、この文を読む限り、ヴァレリーはこのような形式主義を必ずしも「許容」すべきだとは考えていないようです。ここが面白いところだと思います。

ヴァレリーはフォルマリズムと並べて論じられることが多く、日常言語に対する文学言語の擁護という点で両者が共通の目的をもっていたのも明らかなのですが、それでは文学言語をどう規定するのかという問題になると、両者の間には違いが見えてきます。

ロシア・フォルマリズムについては『文学とは何か』の「序論」の説明がわかりやすいので、ここ(岩波書店、1985年版)から引用させていただくことにします。この中でテリー・イーグルトンは、ロシア・フォルマリズムの目指したところについて、「文学の『内容』に関する研究をあっさりやり過ごし(『内容』にこだわると心理学や社会学の領域へ足を踏み入れることになる)、かわりに文学の形式面を、研究課題の中心にすえた」と説明しています。また、フォルマリストたちがこのような選択をしたことの歴史的な背景について、イーグルトンは以下のように述べています。

彼らは、それ以前の文学批評に影響力を持っていた象徴主義文学の神秘主義まがいの理論を攻撃する好戦的、論争的批評家グループとして活躍し、実践的かつ科学的精神にもとづいて、文学テクストの物質的なありように注意を向けるように主張した。(5頁)

フォルマリストの戦略はしたがって、象徴主義よりもずっとラディカルです。

文学を作り上げるのは言葉であって、対象とか感情ではない。したがって、文学の中に作家の精神の表出を見るのは間違っている。(同頁)

文学作品が価値を持つのは、それが「思想を伝え」たり、「社会的現実を反映」したり、「なんらかの超越的真実を具体化」したりするときではなく、「記号表現と記号内容との間に不均衡」を生じさせ、「言葉それ自体に注意をひきつけ」ることによって、「言語の物質的ありようをこれ見よがしに示している」ときであるというフォルマリストの主張の重要性は言うまでもないと思います。

フォルマリズムにはイーグルトンが指摘しているような問題もあります。文学言語とは日常言語の「異化」によって、つまり規範からの逸脱によって生まれるのだとすると、そのような「規範と逸脱が社会的コンテクストや歴史的コンテクストに応じて変化するものであること」を認めないわけにはいきません。にもかかわらず、フォルマリストは「芸術と社会の関係を研究することは批評家の任務ではない」として、文学の外に話を広げることを放棄してしまうわけです。(このイーグルトンの評価は、フォルマリストに対して厳しすぎる面もありますが。)

これに対して、ヴァレリーがマラルメの詩の中に発見した「異常な、怪奇にも歌を歌うような、恰も麻痺させるような語の近接」を「魔法の呪文の印象」と形容するとき、彼は明らかに神秘主義のほうに近づいています。ヴァレリーは「用語」とその「結果として生ずる意義」との間の乖離を見ており、「思想」と「言葉」を等価交換の成り立たない二つの排他的なシステムとみなしているのですが、ヴァレリーがそこから言葉の形式的分析に向かうことはありません。(最初に引用した迷いにみちた一文が現れるのはこのときです。)

このあとの部分(引用③、④、⑤)でヴァレリーは、マラルメの言語(「ほとんど完全に自己のものである言語」)の特殊性を説明しうるような詩的言語論を構想しています。象徴主義者ヴァレリーとフォルマリストの違いがはっきりするのはこの部分です。実際、フォルマリストにとって「内容とは、特定の形式を試みることを可能にする契機、ないしは方便」にすぎないのに対し、ヴァレリーにとって重要なのは、詩的言語に特有の形式に対応する真の「内容」を探り当てることにあるように思われます。

我々の内容とは、付帯事件または脈絡のない外観によって、すなわち感覚とか、あらゆる種類の影像とか、衝動とか、孤立した単語とか、句の断片とかによって作られている

「実用の世界」で用いられる言語の本義は「意図」の伝達にあるため、そこでは「修辞」や「比喩」が演じる役割はまさしく付随的であるにすぎない、「ところが」とヴァレリーは言います。

ところがマラルメの思考の中においては、それが本質的の要素となってくるのである。宝石であった、換言すれば、瞬間的の媒介手段であった比喩は、ここに根本的な対象関係という価値を受けているようである。他方において、芸術は、形態と内容との間に、音と意味の間に、行為と素材の間に於いて、絶えず行われる交換とそれらの間の等価性とを包含しかつ要求するという事実を、注目すべきほど強くまた明らかに、マラルメは心に抱くのである。

ヴァレリーにとって詩的言語とは、「付帯事件または脈絡のない概観」が真の意味を持ちうるような言語、形式と内容の間に「根本的な対象関係」が成立するような言語、日常言語に対して自立的であるような文学言語ということになるのでしょう。

ところで、先ほどヴァレリーは「思想」と「言葉」の関係について、以下のように言っていました。

……思想の完全な伝達は空想に過ぎず、また、言葉から思想への全体的の転形は、結果として言葉の形態の全体的廃棄となる、と私はいいたい。

にもかかわらずここでは、「芸術は、形態と内容との間に、音と意味の間に、行為と素材の間に於いて、絶えず行われる交換とそれらの間の等価性とを包含しかつ要求する」と言う。この論理展開に矛盾はないのでしょうか。ポイントは、前者の言語観では「言語の感覚的特質」、つまりその物質的ありようを問題にしていたために、言語と思想との間の亀裂を見ずにはすまされなかったのに対して、後者の理想的な言語観において、ヴァレリーは「マラルメの思考の中」に身をおいてものを言っているという点です。ここでマラルメ文学を通して語られているのは、実は言語として存在する以前の思考の前言語的状態だと言えます。

ヴァレリーにおいて「音響性」、「形態の怪奇」は、それ自体としてではなく、不完全な言葉の向こう側に、還元不能の「思想」の存在を仄めかすような「『非合理的な』表現」として、意味を持ちます。

……晦渋性こそは、呪文にとって殆ど本質であったのである。

「晦渋性」はフランス語では「obscurité」となっているはずで、文字通りに訳せば「暗さ」、「不明瞭」ということです。マラルメのなぞめいた言語は、ですから詩人の思考空間の暗闇のメタファーになっているといえます。

フォルマリストとヴァレリーの違いを少々乱暴にまとめてしまうと、両者ともに形式と内容との一対一の等価交換が成り立たないという認識から出発しており、フォルマリストは内容を形式に従属させることによって問題を解決しようとしたのに対して、ヴァレリーは形式を(詩人の個人的・自立的な思考体系の中に回収することによって)内容に従属させることにようとしたと言うことができるかもしれません。

* * *

ヴァレリーほどではないにせよ、プルーストがマラルメの詩からの影響を受けていたことは確かです。保刈瑞穂(「プルーストとマラルメ」、『ユリイカ 総特集プルースト』、1987年)は、「この当時、マラルメの火曜会に参集する若い弟子や少数の心酔者のほかに、プルーストほどの確信と熱情を持って晦渋なマラルメの詩を語ったものはおそらくいなかったのではあるまいか」と言っています。とくに1896年8月の書簡において、プルーストは、友人のレーナルド・アーンの求めに応じてマラルメのある詩についての長い解釈を展開しています。このプルーストによるマラルメ注解が、ヴァレリーとプルーストを比較する上で大変に面白い視点を提供してくれるように思われるのです。

問題となっているのは、詩人がその愛人メリ・ローランに捧げた以下の四行詩です。

メリよ、年はひとしい運行を続けて今ここで、同じ夏を燃え立たせるしかし、君は泉を若返らせて祝福される君の足がそこへ水を飲みに行く

また、この詩には以下のような異本あって、プルーストはどちらのヴァージョンも読んだ上でコメントをしていたようです。

年はここを流れる川と同じ運行を続けて夏の終わりへ向かって容赦なく流れ去る喉の渇いた足はそこで水に祝福されて、琥珀色の爪先で水をもっと、からかおうとして、指を反らす。

ジャン=ピエール・リシャールは「マラルメ的性愛のもっとも純粋なものを凝結させている」この四行詩を激賞し、「火と水のこの夏の結婚、炎暑と涼しさとのこの混交、愛の祝祭の喜びの中で永遠に甦ってくる若さ、そしてとりわけ足と泉のこの本源的な結合、ほとんど相互的といっていいこの関係、足=泉の柔らかな先端に集約された肉体の疲れを知らない液状の豊穣さ」に注目しています(『マラルメの想像的宇宙』)。

リシャールは件の書簡にあるプルーストのこの詩に対するコメントを紹介して、「これ以上に完璧に『器官的な』理解はまず想像できないであろう」と評しています。リシャール自身の解釈が、プルーストの文章を下敷きにしていることは言うまでもありません。実際プルーストのそれは、保刈瑞穂の言葉を借りれば、「まるでかれ自身が女の体の一部に変身したかのような対象との一体化を見せて」います。

同様に水に祝福された足というのがえもいえず甘美だ。水は乱された無数のさざ波と一緒になって楽しげに浮かれていて、さざ波はさざ波で自分を踏みつけにくる美しい女の「足」にきらめく愛撫を囁きに来る。

ここで直ちにいえることは、同じマラルメの詩を論じていながら、プルースト=リシャールの身体的解釈はヴァレリーの精神的解釈と著しい対照を成しているということでしょう。

ただ、プルーストの文章の中で僕がとりわけ興味をひきつけられるのは、実は、このような身体性そのものというよりはむしろ、それを通してプルースト独特の表象理論、文学理論が透けて見えるように思われるような以下の部分なのです。

〕影像はどこまでも誠実であり、絶妙な自然さを保っている(つまり自然から借りてきたものという意味だ)。この喉の渇いた足は植物のように水を飲みに行く。これはわれわれの器官がそうであるところのあの薄暗い存在、独特な薄暗い生命を生きているように思われるあの存在がどんなものであるかをわれわれに見事に掴ませてくれる〔〕。

「自然から借りてきた」、「夏の大づかみな輪郭をものの見事に喚起する」影像の中におかれている、「薄暗い生命」。この対照が何を意味しているのかは、手紙の前半部に見られる詩人マラルメについての一般論と比べてみればよくわかるように思われます。

〕この詩人について一般的に言ってみると、彼の薄暗い、そして輝かしい影像はおそらくはまだ事物の影像なのだ、なぜならわれわれにはそれ以外のものは何も想像しようがないからだ。しかし、いってみれば黒大理石の暗い、磨かれた鏡に映っている影像だ。

プルーストが第一に強調するのは、「影像」の「自然さ」、あるいはその「事物」との対応関係です。マラルメの詩が凡人の理解を拒む韜晦趣味の産物であるという当時の通念に、プルーストは常に逆らっていました。すでに1983年のある書簡で、プルーストはマラルメの詩が「明快であり、しかもその明快さが詩の神秘を消し去っていない」ことを強調しています。そして、にもかかわらず影像が神秘をもち、「薄暗い」印象を与えるのは、それが「黒大理石の暗い、磨かれた鏡に映っている影像」だからです。そして、この場合の「鏡」というのは言うまでもなく、世界を映し出す詩人マラルメの意識の比喩です。

この「薄暗いobscur」という言葉が、マラルメの四行詩の解釈の中でも二度、女の体の「器官的」生命を表すものとして現れてくるわけです。ですから、この女の体は世界と交感する詩人の生のメタファーではないかと考える理由は十分にあるわけです。「マラルメ的性愛」の純粋表現であるこの詩にプルーストがひきつけられたとしても、それはこの詩が「マラルメ的性愛」の対象を映し出しているからというよりは、むしろそれが、世界を欲望する「マラルメ的性愛」そのものを、女の体を通して可視化しているからではないのか、と。保刈瑞穂の言う「女の体の一部に変身したかのような対象との一体化」も、そういう意味で理解されるべきでしょう。他人(マラルメ)の欲望の対象(女)ではなく、欲望する主体としての他人(マラルメ=女)こそが、プルーストの欲望の真の対象なのだと言うべきでしょう。

形容詞「薄暗いobscur」の名詞形は「暗さobscurité」であり、ヴァレリーの文章の中に現れていた「晦渋性obscurité」と同じ言葉になります。さらに、実はプルーストには「晦渋性に反駁するContre lobscurité」という象徴主義批判の論文があり、これが書かれたのはアーンへの手紙とほぼ同時期(1895年)にあたります。したがって、この〈暗さ〉の概念を通してヴァレリーとプルーストの比較が可能になるかもしれません。

ヴァレリーとプルーストの両者にとって、マラルメの詩は〈暗さ〉という特徴を持っています。この暗さは言語そのものではなく、詩人の個人性に発するものですから、この両者はまず、言語そのものに関心を寄せたフォルマリストから区別されなければなりません。

しかし、ヴァレリーとプルーストの間には決定的な違いがあります。ヴァレリーにとって、マラルメの言語の「晦渋性」とは、思想と言葉の間の乖離の指標です。そして、詩の唯一の源泉である思想空間の内側に広がる自立的体系こそが、純粋詩を可能にする真の闇ということになるでしょう。マラルメを真に理解すること、それはこの闇の中に身をおくことです。プルーストはこれに対して、マラルメ文学を世界に対して開かれた体系=身体として見ています。そして、マラルメの言語の「暗さ」とは、世界がこの身体の中に反映されるときに帯びる独特の色調です。この場合マラルメを読むとは、この闇の外側に身をおき、これを対象として眺めることでなければなりません。つまり、この闇を世界の内にある存在として理解しなければなりません。

別の言い方をすると、プルーストにおいてはもはや、ヴァレリーにおいてのような形式と内容の二項対立だけが問題になっているのではなく、形式(影像)と内容(自然)の他にこの両者を結びつける原理としての体系(薄暗い生命)を加えた三項の関係が同時に視野の中に入ってきています。

プルーストの「晦渋性に反駁する」がようやく雑誌に発表されたのは、アーンへの手紙が書かれるつい一ヶ月前で、プルーストはすぐさま象徴派との論争に巻き込まれました。アーンへの手紙は気軽さを装って書かれていますが、ですから、そのマラルメについてのコメントが、実はこの論争の延長として書かれている可能性が大いにあるわけです。

この論文の中でプルーストは、「観念とイマージュの晦渋性」および「文法的晦渋性」の正当性について検討し、象徴派における伝統との断絶、文学作品と哲学体系の混同、思想や感覚の神秘化、個別性の軽視を非難しています。保刈瑞穂はプルーストの詩論をまとめながら、「〔〕『明快』と『神秘』とはそれぞれかれが詩の表現と詩の印象の本質的な特徴としてつねに挙げるものである。この考え方は生涯一貫して変わることがない」と言っています。つまり、詩は「神秘的な」印象を「明快に」表現するものでなければならない。論文「晦渋性に反駁する」は、このようなプルーストの考えかたがもっとも明瞭に表されているものということになります。

〕たとえ詩人にとって晦渋な感覚のほうが興味深いとしても、それはこの感覚を明瞭にするという条件においてのことであるのは言うまでもない。詩人が夜の中を歩きまわる者であるとするなら、彼は闇の天使のようにそこに光をもたらすのでなければならない。

プルーストはまた別のところで、哲学的「体系」と文学の「本能的な力」を比較し、後者を前者とは「まったく別の種類の晦渋性」であると規定しています。もっとも、この「晦渋性」は、それ自体「深めてゆけば豊かな結果をもたらす」ものであるとされます。ですから、プルーストがここで言いたいことが、文学者を「世界の核心に連れていくことのできる唯一のものである感情の飛躍」を、哲学的方法に対抗しうる、「形而上学者と同じくらいに事物の現実の奥深くにまで行きつく」ための手段として擁護する、といった類の、とどのつまりが凡庸な文学理論に見えるとしても、実際にはそれは正しくありません。

『マクベス』が独特の形の哲学になっているのは、哲学的な方法によってではなく、一種の本能的な力によってである。このような作品の基盤は、作品がイマージュとなって表現している人生の基盤そのもののように、それをますます明らかにしていく精神にとってもおそらく依然として晦渋なものにとどまっているだろう。

「作品」、「作品がイマージュとなって表現している人生」、それに加えて、薄暗い(「晦渋な」)「基盤」、これら三者の関係は、プルーストがマラルメの詩を解読する際に出てきた、例の「影像」、「自然」、「薄暗い生命」の間の三項関係に対応します。これはまたより一般的に、言葉、世界、(両者を結びつける)法則の間の三角形の関係と言いかえることもできます。この三角形はプルーストを読む上で非常に大事なキー概念で、『失われた時を求めて』の中には、これを頭に思い浮かべると解釈が容易になるような場面が無数にあります。「晦渋性に反駁する」が書かれたのは、プルーストがまだ24歳でかけだしの作家だったころですが、言語と表象に関する作家特有のこの概念図式は、このころからすでに一貫して(ほとんど無意識的に)存在していたわけです。

同時に、ここにはプルーストが最後まで完全には解決できなかった問題が垣間見られます。「晦渋性」とは客体の中に存在しているのか、あるいはそれをとらえる主体の側の問題なのか。またそれは具体的にどのような性質のもので、それを「明らかに」するにはどういう方法があるのか。そもそも、「明晰さ」とは誰にとっての明晰さか。「それをますます明らかにしていく精神」を、どこに位置づけるべきなのか。自己を省察する詩人の意識の中なのか(自己を女として表象するマラルメ)。それとも、それは読者に属する権利なのか(女の中にマラルメの姿を見るプルースト)。いずれにしても、プルーストを読むときの最大の興味のひとつとは、言葉と意味という安定した関係が崩れて、背後からこうした答えのない問いが浮かび上がってくる、そのスリリングな展開にあるといえます。

* * *

実はこんな話を書こうと思った理由のひとつは、『逃げさる女』をどう読むかということに関して、自分なりの意見を申し上げたいと思ったからでした。

プルーストは『囚われの女』のタイプ原稿の校正をほぼ終えた段階で亡くなっていて、『逃げさる女』と『見出された時』の二巻はいわゆる完成稿ではありません。プルーストはどの本を読んでも決して読みやすいとはいえませんが、とりわけこの二巻がおそろしくとっちらかった印象を与えるのはそのせいです。

語り手がアルベルチーヌの死を知らされた直後の場面に、以下のような件があります。

私の暗い部屋は、昔と同じ喚起の力を保っていたが、そのようにして蘇るのは今は苦しみでしかなかった。戸外の重い空気の中で、家々や、教会堂の垂直面を、傾く日が黄褐色に塗りこめているのが感じられた。

語り手は、かつて彼の生活が甘美だったのは、「よく似た瞬間に呼び覚まされて、昔の瞬間がたえず蘇ってくる」からであったと言います。実際、『囚われの女』の冒頭には、寝室に忍び込んでくる物音や朝の光の気配が、目覚めたばかりの語り手を、外界へ、あるいは過去の思い出へといざなっていくという美しいシーンがあります。しかし今は、たとえばカーテンの隙間から差し込む夕日が喚起するのは、アルベルチーヌと過ごしたある日の午後です。それが語り手の心をさいなむのです。

引用文の中に出てくる「暗い部屋chambre obscure」は、フランス語では「暗箱(カメラ・オブスクラ)」の意味にもなります。研究者の中には、『囚われの女』の冒頭シーンにおける寝室の機能をカメラ・オブスクラに譬え、ここに語り手の芸術的自我の萌芽を見ている人もいます。ただ僕としてはこの比喩を、ここでもまた〈暗さ・晦渋性〉のテーマに結びつけて考えたいと思っています。カメラ・オブスクラの比喩は、引用文が示しているように、実は『囚われの女』と『逃げさる女』の全体に伏流している主題と見るべきであり、その機能とは、(ヴァレリーにとってマラルメの思考の闇がそうであったように)言葉と意味との比較的安定した関係を保証するというよりは、(プルーストにとってマラルメ=女が象徴していたような)両者の複雑な関係が織り成される場を浮き彫りにする形象としてのそれであると考えています。

『囚われの女』と『逃げさる女』の二巻は、ほとんどつねに語り手のアパート、さらに言えば、「寝室chambre」を舞台としています。そこで起こる主要な出来事は、語り手の愛人をめぐる思考、嫉妬、記憶、忘却です。このような簡素な素材が小説をなしうるのだとういう発想は、プルーストの紛れもない独自性のひとつでしょう。小説のこの部分の本当の主人公は、暗闇──思考のというよりは、思考の制御の及ばない、またそうでありながら思考に影響を与え続けている、身体の、無意識の闇──だと言うべきです。

頭にアルベルチーヌのどんな明瞭な観念も描けなくなったとき、しばしば私自身のもっとも薄暗い部分の中に、一つの名前がふと現れ、もう起こりえないと思われていた苦しい反応を私の中で引き起こすことがあった。あたかも脳が思考の働きをしなくなったのに、注射針を打たれた手足の一部分をぴくっと縮める瀕死の病人のように。

アルベルチーヌの名と存在の間の結びつきの恣意性、名に実質を与えるべきアルベルチーヌの同一性のもろさ、そのおそるべき複数性、複数のアルベルチーヌが時間あるいは記憶との間に取り結ぶ錯綜した関係、など『逃げさる女』が描いているのは、実は言葉と表象をめぐる物語ということになるでしょう。恋愛話としては、それほど面白くも目新しくもないと感じられるかもしれませんが、それにとどまるものではないと思います。今回ざっと読み直してみました。たしかにくどいですが、やはり重要な箇所がたくさんあると思いました。

プルーストにとって「晦渋性」とは客体の中に存在しているのではなく、それをとらえる主体の側の問題で、客体を表象として出現せしめる奥深い原理のようなものです。そして、それを「明らかに」するためには、この主体を客体化するような新たな視点を持った主体が出現する必要があります。『失われた時を求めて』とは、「私」が、自身の生涯についての物語を語る「語り手」になることによって、この課題を達成しようと決意するまでの過程を描いた小説であると言えます。ですから『見出された時』の最大の問題は、「私」自身による「私」の薄暗い生命の探求がいかにして可能になるかという点にあるわけです。

* * *

ヴァレリーはもちろん一筋縄では行かない人で、「芸術についての考察」や「詩学の第一講義」で展開されている、『資本論』に想を得たといわれる「詩学」の試みは本当に面白いと思いました。ただ、それは完成した学問、理論としてと言うよりは、ヴァレリーが抱えている困難によって興味深いわけです。森本淳生さんによれば、「ヴァレリーが今なお読みうるとすれば、それはこのような分裂や矛盾においてであろう」ということです。このヴァレリーの困難な道のりについては、森本さんの『未完のヴァレリー』を読んでもう少し知ってみたいと思っているところです。

ヴァレリーとプルーストとの比較ということで言えば、テオドール・アドルノの「ヴァレリー・プルースト・美術館」(『プリズメン 文化批判と社会』、ちくま学芸文庫、1996年)という論文をご存知でしょうか。すごく面白いです。


お手紙に刺激されて、本当はもっと書きたいことがあったのですが、もうとてつもなく長くなってしまいました。この辺でやめておきます。

「ヴァレリー、プルースト、晦渋性」(2008年、1月)

父の友人で画家の N 氏からのお手紙にあった、ヴァレリーの芸術論、テリー・イーグルトン、プルーストの恋愛論について個人的意見を述べさせていただいた返信メールです。でも、かなり長い。ちょうどヴァレリーの話を論文の中に組み入れようと思い立っていたタイミングだったので、論文の準備体操...